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2006年5月28日 (日)

教育基本法「改正」案の危険

教育の重大さ

 教育は、100年の大計だと思う。
 教育勅語と軍国主義教育によって過去の日本がどのような道をたどったのかを考えれば、ゆるがせにできない重要課題である。

権力による介入があってはならない

 そして、最も重要なのは、教育が国家権力から自由であるという点ではないか。
 人が人として大事にされ、その時々の国家権力によって都合がいいかどうかで評価されてはならない。とすれば、教育への国家権力の介入は、極力避けるべきであるから、当然である。
 ちなみに、国家が国民を教育するなどということは、憲法違反の行為である。国家は、教育を受ける権利を有する国民に対し、その権利を充たすための義務を負うだけである。
 現行の教育基本法は、次のように定めて、この点を明確にしている。

(教育行政)
第10条 教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである。
2 教育行政は、この自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければならない。

教育基本法「改正」案は国家による教育ではないか

 ところが、教育基本法「改正」案は、見事にうさんくさい。問題は数多いが、そのうち、第2条(教育の目標)を見てみる。

(教育の目標)
第2条 教育は、その目的を実現するため、学問の自由を尊重しつつ、次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。
1 幅広い知識と教養を身に付け、真理を求める態度を養い、豊かな情操と道徳心を培うとともに、健やかな身体を養うこと。
2 個人の価値を尊重して、その能力を伸ばし、創造性を培い、自主及び自律の精神を養うとともに、職業及び生活との関連を重視し、勤労を重んずる態度を養うこと。
3 正義と責任、男女の平等、自他の敬愛と協力を重んずるとともに、公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと。
4 生命を尊び、自然を大切にし、環境の保全に寄与する態度を養うこと。
5 伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。

 これは一体なんなんだ。一つ一つを見れば、「いいじゃないか」と言われて終わりのような内容も並んでいる。
 しかし、これこそが、最大のまやかしである。
 そもそも、こんなことを法律にこと細かく書き込む必要があるのか。いや、書き込んでいいのか。
 憲法は国家に対する規制だが、法律は、国家の国民に対する規制の性格を有している。細かく書けばかくだけ国家が国民に強制することになる。
 これは、まさしく国家による教育への介入ではないのか。

憲法の基本的人権の意味もあいまいになる

 ここに書かれたことは、ほとんどが、国民の権利に属し、あるいは、内心の自由に属する事柄ばかりである。これを国家の手によって教育の場で国民に義務として守らせ、その過程で国家権力が介入してきた場合、憲法で規定された基本的人権の意義がますますあいまいなものとなってくるのではないか。
 教育基本法の「改正」案は、憲法の「改正」と連動して、国家権力によって都合のよい国民を創り出すための道具を持とうというのではないか。「憲法は国家権力に対する規制=しばりなんだ」などという議論はとんでもないことになり、憲法は、私たち国民が守るべき目標として教育の現場で教えられるということになってしまう。

 ここでも、憲法の意義が、教育の自由の意味が問われており、国民の十分な理解と議論が必要である。

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