日本国憲法の系譜
日本国憲法の源流-植木枝盛の「東洋大日本国国憲按」
「思想というものは一旦生まれ落ちたら絶対に死なない。日の目を見なくったって、私たちと一緒に歴史を走って来てくれる。地下水、伏流水のように。この地下水は、チャンスだとみれば、いつでも地表に湧き出てくれます。」
これは、先日の講演会での池田香代子さんの言葉です。
ここで池田香代子さんがおっしゃった「思想」は、明治時代の自由民権運動の理論的指導者であった植木枝盛が起草した「東洋大日本国国憲按」に示された人権思想のことを指しています。
今見ても新鮮な植木枝盛の思想
「東洋大日本国国憲按」は、220条にも及ぶ詳細なもので、今から見てもその新鮮さは驚くべきものがあります。
以下は、「第4編 日本国民及日本人民ノ自由権利」(第40~74条)の一部です。集会・結社の自由まできちんと記述されています(全文は、「戦中生まれの女たちによる「九条の会」」(http://home.cilas.net/yunami/9jo.html)が掲載されています)。
植木枝盛(1857-1892)の時代は、言うまでもなく、明治憲法(1889年2月11日公布、1890年11月29日施行)が制定される時代。あの時代にここまで徹底した憲法案を起草できたことには、ただただ驚き感嘆するしかありません。しかし、残念ながら、徹底した人権思想によって起草されたこの憲法は、日の目を見ることがありませんでした。
憲法研究会の「憲法草案要綱」、そして日本国憲法に受け継がれた植木の思想
しかし、植木の思想は、世紀を超えてよみがえりました。日本国憲法の制定の際にGHQが最も参考にした憲法研究会の「憲法草案要綱」は、植木枝盛研究の第一人者であった鈴木安蔵らによって起草されました。植木の思想は、鈴木安蔵を通じ、日本国憲法の中に引き継がれたのです。
日本国憲法には、我々の先達の瑞々しい人権思想が脈々と受け継がれているという事実の前に感動を覚えます。
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