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2006年9月

2006年9月29日 (金)

「米軍再編その狙いとは」を読んで

Image_3  岩波ブックレットなので読みやすいだろうと思って読んでみたけど、これだけ読んでも、よく分からない(というか、腹に落ちた感じがしない)。要は、私に基礎的な知識が足りないということだ。

 ただ、「米軍再編」の狙いについては、とりあえず置くとして(さらなる勉学に努めるとして)、2002年10月1日現在の米軍の世界配置の数字は、知っておく必要があると思った(出典は、米国防総省「基地構造報告」だそうだ)。
 全世界(海外配備)の兵員数が197,000人であるところ、最も多いドイツが72,000人、2番が日本で51,000人である。また、基地の面積(計702,000エーカ)で見ても、最大がドイツ158,000エーカだが、2番はやはり日本で127,000エーカである。

 少しだけ中身について。
 米の「蓮の葉戦略」(Lily Pad Strategy)-カエルが蓮の葉を跳びながら移動するように地球上のさまざまな場所の米軍基地を跳躍台として世界中のどこにでも短期間に兵を送りそこで持久力のある戦争を行えるようなシステムの構築をめざす(16頁)-が日本の基地にもその役割(蓮の葉)を求めるなら、日本の広大な米軍基地は、米のアジア戦略の前線基地になることは明白である。

 この米戦略の片棒を担ぐための自衛隊のtransformation(転換)が米の要求によって着々と進行しつつある。そのことを改めて自覚しなければならないと感じた(その程度は理解できた)。そして、その先にある憲法9条の改悪(集団的自衛権の容認)をも。

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2006年9月27日 (水)

「国旗及び国歌に関する関係資料集」

 あるブログ(http://otama.livedoor.biz/・・必見)で教えてもらったのですが、文部省初等中等教育局のHP(http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/11/09/990906.htm#top)に、「国旗及び国歌に関する関係資料集」という頁があって、そこをたどって行くと、「諸外国における国旗,国歌の取扱い」http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/11/09/990906i.htmという頁に行き着きます。

 ここを見てみると・・・、日本の特に石原都政における君が代・日の丸の強制こそが異常に突出していることが分かってくる。東京地裁の判決が極めて常識的なものであることが、国際的にも認められる。

 東京地裁の判決を特殊なものだと決めつけようとする政府関係者や石原都知事は、彼らこそが異常で突出していることを思い知る必要がある。

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2006年9月26日 (火)

賛同!9条守ろう!ブロガーズ・リンク

 「9条守ろう!ブロガーズ・リンク」というおもしろい提案をしているブログをみつけました(http://our.sakura.ne.jp/9/)。
 私は、ブロガーと呼ばれるほどのものではありませんが(まだ、おそるおそるはじめたレベル)、賛同の意思を表示することぐらいはできます。

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2006年9月22日 (金)

国旗国歌強制違法判決(東京地裁)について

  主    文

1 原告らが、被告都教委に対し、「入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施について(通達)」に基づく校長の職務命令に基づき、上記原告らが勤務する学校の入学式、卒業式等の式典会場において、会場の指定された席で国旗に向かって起立し、国歌を斉唱する義務のないことを確認する。
2 被告都教委は、原告らに対し、本件通達に基づく校長の職務命令に基づき、上記原告らが勤務する学校の入学式、卒業式等の式典会場において、会場の指定された席で国旗に向かって起立しないこと及び国歌を斉唱しないことを理由として、いかなる処分もしてはならない。
3 原告らが、被告都教委に対し、本件通達に基づく校長の職務命令に基づき、上記原告らが勤務する学校の入学式、卒業式等の式典の国歌斉唱の際に、ピアノ伴奏義務のないことを確認する。
4 被告都教委は、原告らに対し、本件通達に基づく校長の職務命令に基づき、上記原告らが勤務する学校の入学式、卒業式等の式典の国歌斉唱の際にピアノ伴奏をしないことを理由として、いかなる処分もしてはならない。
5 被告都は、原告らに対し、各3万円及びこれに対する平成15年10月23日から支払済まで年5%の割合による金員を支払え。
(一部要約)(要約のために「原告ら」としているが判旨は原告番号による特定あり)

 以上が、「国歌斉唱義務不存在確認等請求事件」について、2006年9月21日午後1時30分に東京地裁が言い渡した判決主文の要旨である。

 憲法が保障する国民の基本的人権=「思想・良心の自由」「表現の自由」等からすれば、これを行政権力が侵害し将来もそのおそれが高い以上、その回復及び将来における侵害の予防を命じるのは、裁判所として当然のことで、裁判所は、当たり前の仕事をしただけのことである。この当たり前の判決が、画期的と評価されなければならないところに、我が国の司法の現状がある。

 改めて言うまでもないが、「思想・良心の自由」等のいわゆる「精神的自由権」は、国民の基本的人権の中でも、とりわけ憲法上最大の尊重を要する(優越的地位)。このことは、憲法を学んだ人なら誰でも知っているし、最高裁判所も明確に認めるところである。

 ところが、今の我が国の大臣のレベルをどのように考えればよいのだろうか?
 「予想もしていなかった」とコメントを出した(テレビで見てたのでこういう趣旨のことを述べていたとだけ言っておく・・・もっとひどいことを言っていた気がするが・・・)法務省、文科省のトップが、憲法の原則を知らないはずはない。この原則を知っていれば、今回の東京地裁の判決は、当然に予想の範囲内でなければならない。そう言いたくない気持が分からなくはないが、理論的には当然の帰結なのだから。
 要は、予測の範囲内であったにもかかわらず、「意外だ」とか「予想もしていなかった」と述べ、国民に向けて、あの判決はおかしな判決、特別な判決だと印象づけたいということなのだろう。
 騙されてはいけない。
 東京地裁の判決は、当然の当たり前の判決なのだ。

(付記)
 「予防訴訟の東京地裁判決に対し、判決をまったく理解できずに非難する連中が多いようです」と書かれた増田弁護士のブログには、小泉氏や杉浦法務大臣のコメントが引用されている(http://yaplog.jp/lawyaz-klub/archive/1641)。
 「今回の判決は,画期的ではあるが,恐らく,法学部生がこの問題について判決を書けと言われた場合,同じような趣旨の判決になるはずだ。つまり,憲法を素直に解釈すると国歌斉唱時に起立を強制されることなどありえない」と書かれた「情報流通促進計画 by ヤメ記者弁護士さん」のご意見(http://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005/e/2d4ea238903c8d478a1e5db043b447d9)に全く同感である。

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2006年9月14日 (木)

政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起こる危険

 日本国憲法前文には、「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し」とある。

 戦争は、政府が宣戦布告をし、軍隊を出動させて始まる。戦争は、個々の国民が起こすものではなく、政府の行為によって始まるものである。国民は、それによって、否が応でも、戦争に巻き込まれる。攻撃を受けることによって物理的な意味で被害を受け、戦時体制に置かれて人権が制約されることによって精神的な意味でも多くの被害を受ける。戦争に反対すれば「非国民」と言われ、虐殺されることだってある。日本国民は、既にいやというほどそのような理不尽な状態を味わったし、それは日本国民だけではなかった。国民が望んでもいない戦争によって、一部権力者の思惑によって、戦争にかり出され亡くなった多くの若者がいる。

 その反省の上に、国連憲章も、日本国憲法もあるはず。政府は、国民の人権を守るために、戦争以外の外交手段を駆使して国際紛争を解決する義務を負っていることは、いまさら言うまでもない、当然のことだろう。

 しかし、この国の政府は、この当たり前のことさえ実行せず、今「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起こる」危険を増加させている。この単純なことを分からないはずはないのだから、分かっていて敢えてやっている。この国を戦争をする国(「できる」ではない)に変えようとしているからである。多くの人がそのことを感じ始めているのではないだろうか。

 純情きらりが戦争の本質を描こうとしてきたことは既述のとおりだが、さらに、人間魚雷回天の悲劇を描いた横山秀夫の「出口のない海」が山田洋次の脚本によって映画化され、9月16日封切りされる(監督:佐々部清)。http://www.deguchi-movie.jp/

 他方、吉永小百合が、山田洋次監督の「母(かあ)べえ」で主演することが、報じられた(http://www.nikkansports.com/entertainment/cinema/p-et-tp1-20060906-86023.html)。
 吉永は「夢のようです。昨年の夏、山田監督からこの作品のお話をいただいた時、何としても出演したいと思いました」と、来年1月の撮影開始を心持ちにしている。原爆詩朗読をライフワークとして続けるなど平和運動にも熱心に取り組んでいる。戦争が家族の幸せを奪う悲劇を描く今回の作品には思い入れも強く、「暗黒の時代を懸命に生きた母べえを深く表現できるように全力を尽くします」と話している。

 多くの心ある人が、今の日本がというより今の政府が国民を連れて行こうとしている方向に危機を感じ、何とか戦争が国民に何をもたらすのかを描こうとしているように思える。私たち一人一人が、それぞれの場所で、戦争の本質を正面から見据え、考えたこと感じたことを表現し行動に移せば、決して遅くはないと心底思う。

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2006年9月10日 (日)

イラク戦争に大義なし

 今さらではあるが、米上院情報特別委員会が、8日、イラク戦争をめぐるブッシュ米政権の情報活動に関する報告書を公表し、同政権が指摘した旧フセイン政権と国際テロ組織アルカイダの結び付きを完全に否定したとのことである。http://www.chunichi.co.jp/flash/2006090901000776.html

 ザルカウィ容疑者(6月に殺害)と旧政権とのつながりについても、協力関係はなかったと結論付けたともある。

 報告書は、さらに、大量破壊兵器の存在についてもあらためて否定したとのことだから(これは紙面)、イラク戦争には全く大義がなかったことが、いよいよ明らかになった。

 こんなアメリカブッシュ政権のいいなりに憲法9条を改悪してつるみたい(集団自衛権の行使)という改憲案を認めていいのか。

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2006年9月 9日 (土)

純情きらり

 今日の「純情きらり」は、このドラマの核心だったのではないでしょうか。

 戦争の後遺症で悩む達彦が、戦地ではからずも見捨てざるを得なかった戦友若山の姉に会い、「許してください」と述べるシーンである。

 その姉(木村多江)は、達彦に対し、「許しません」と答える。その後の台詞が、とても象徴的でした。彼女は、静かに、「この戦争が良いこと、正しいこと、戦うべき価値があることだと奮い立たせて、戦場に送り込んだ人たちのことを許しません。その戦争を止めなかった自分も許しません。それを許してしまったら、弟は救われないからです。だから、あなたも許しません。あなたには未来があり、弟には未来はないのです。」(記憶に基づいているので、不正確)

 このドラマは、朝ドラにしては、毎回戦争の悲惨さを朝ドラの限界ぎりぎりのところで描いていて、注目して見ているが、今回、木村多江にさきほどの台詞を言わせたいために起用したとしか思えないワンシーンだった。

 戦争は人を殺しあう悲惨なものだという本質をこの時期に実感させてくれる展開は、決して偶然ではないように思う。

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