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2007年5月

2007年5月24日 (木)

欠陥だらけの国民投票法

 いわゆる国民投票法は、成立してしまったけれど、「参議院日本国憲法に関する調査特別委員会」で附けられた附帯決議は、異様である。
 以下は、その全文だが、一つ一つをじっくりと眺めてみる。
 これだけの問題があるのであれば、成立させるべきではないと考えるのが素直な感想だと思う。それが良識というものではないか。
 どんな欠陥法でも成立させることが目的なのだとし、多数の力でこれを強行するというのが今の国会であり政府であるならば、そんな国会や政府はいらない。

一、国民投票の対象・範囲については、憲法審査会において、その意義及び必要性の有無等について十分な検討を加え、適切な措置を講じるように努めること。
一、成年年齢に関する公職選挙法、民法等の関連法令については、十分に国民の意見を反映させて検討を加えるとともに、本法施行までに必要な法制上の措置を完了するように努めること。
一、憲法改正原案の発議に当たり、内容に関する関連性の判断は、その判断基準を明らかにするとともに、外部有識者の意見も踏まえ、適切かつ慎重に行うこと。
一、国民投票の期日に関する議決について両院の議決の不一致が生じた場合の調整について必要な措置を講じること。
一、国会による発議の公示と中央選挙管理会による投票期日の告示は、同日の官報により実施できるよう努めること。
一、低投票率により憲法改正の正当性に疑義が生じないよう、憲法審査会において本法施行までに最低投票率制度の意義・是非について検討を加えること。
一、在外投票については、投票の機会が十分に保障されるよう、万全の措置を講じること。
一、国民投票広報協議会の運営に際しては、要旨の作成、賛成意見、反対意見の集約に当たり、外部有識者の知見等を活用し、客観性、正確性、中立性、公正性が確保されるように十分に留意すること。
一、国民投票公報は、発議後可能な限り早期に投票権者の元に確実に届くように配慮するとともに、国民の情報入手手段が多様化されている実態にかんがみ、公式サイトを設置するなど周知手段を工夫すること。
一、国民投票の結果告示においては、棄権の意思が明確に表示されるよう、白票の数も明示するものとすること。
一、公務員等及び教育者の地位利用による国民投票運動の規制については、意見表明の自由、学問の自由、教育の自由等を侵害することとならないよう特に慎重な運用を図るとともに、禁止される行為と許容される行為を明確化するなど、その基準と表現を検討すること。
一、罰則について、構成要件の明確化を図るなどの観点から検討を加え、必要な法制上の措置も含めて検討すること。
一、テレビ・ラジオの有料広告規制については、公平性を確保するためのメディア関係者の自主的な努力を尊重するとともに、本法施行までに必要な検討を加えること。
一、罰則の適用に当たっては、公職選挙運動の規制との峻別に留意するとともに、国民の憲法改正に関する意見表明・運動等が萎縮し制約されることのないよう慎重に運用すること。
一、憲法審査会においては、いわゆる凍結期間である三年間は、憲法調査会報告書で指摘された課題等について十分な調査を行うこと。
一、憲法審査会における審査手続及び運営については、憲法改正原案の重要性にかんがみ、定足数や議決要件等を明定するとともに、その審議に当たっては、少数会派にも十分配慮すること。
一、憲法改正の重要性にかんがみ、憲法審査会においては、国民への情報提供に努め、また、国民の意見を反映するよう、公聴会の実施、請願審査の充実等に努めること。
一、合同審査会の開催に当たっては、衆参各院の独立性、自主性にかんがみ、各院の意思を十分尊重すること。
右決議する。

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2007年5月18日 (金)

「改憲」の意味

 少し前の5月3日、私は、福井県内の九条の会(27団体)の共催で開催された「憲法九条を考える市民のつどい」に参加した。メインの講演は、「世界」(岩波書店)の編集長岡本厚氏の「戦争をしない国に向けて、いま出来ること」。Dscn1155_1

 テーマを特定せずに、改憲の是非を問うことの無意味さの指摘は、目からウロコだった。言われてみれば、確かにそうだ。改憲と言ってもいろいろある。例えば、環境権を憲法に書き込むべきだとか、プライバシー権だって、知る権利だって、もっと明確に書いてもいいのではないかとか、前向きにとらえた改憲論だってたくさんある。そういった区別をせずに全部一緒くたにして、改憲派が過半数を超えたとか言っても、何の意味もない。

 そこで思い出すのは、4月29日の北海道新聞の記事だ。「『憲法に関する道民世論調査』を北海道新聞情報研究所に委託して実施した」とあったが、おもしろかったのは、9条1項について尋ねたアンケート。
 「自衛のための戦争であればよいと明記」という意見が38.4%あったものの、他方で、「自衛戦争も含めて、すべての戦争放棄を明記」という意見が39.5%あって、こちらの方が多かった。この自衛戦争も違憲であることを明記すべきだという意見も、憲法を変えるという意味では改憲論にカウントされてしまうのだろう。

 そういうことを頭に置いて、改めて新聞やテレビを見ていると、論議があまりに雑ぱくだという印象を強く受ける。コメンテーターや解説者の話も、そういったことを意識せずに(あるいは意図的にごまかして)、改憲ムードを盛り上げようとしているように見える。

 騙されないように気をつけねば。

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2007年5月 3日 (木)

国民投票法案の危険

 現在参議院で審議されている「国民投票法案」が、真に国民の意思を問うものになっていないことについては、多くの方々が指摘されているとおりだと思う。

 特に、最低投票率の定めがないことは、とても恐ろしいことだ。最近の選挙における投票率を見ていると、40~50%の投票率、すなわち国民の20~25%の賛成で憲法改正が承認されてしまうという事態が予想されてしまう。確かに、投票に行かない国民が悪いと言ってしまえば、それまでだが、そんなことで片付けられてはいけない大問題を決する重要な投票である。制度として国民の意思が十分に反映されるように設計すべきだろう。それが、制度を策定する立場にある人間の当然の義務である。

 しかも、憲法改正の発議から国民投票までの期間を60日以後180日以内としているから、最短60日で国民投票が行われる可能性がある。こんな短期間で国の将来を左右する大問題を判断できるのか。国民が十分に理解する前に国民投票を実施しておいて、投票率が低くても、それは投票をしない者が悪いんだでは、余りにもずさんな法案である。

 憲法の改正についての国民投票法なのだから、憲法の精神に基づいて作成されるべきだと思うけど、今の国民投票法案は、憲法の精神とは大きくかけ離れたとんでもないものだと思う。

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