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2007年5月18日 (金)

「改憲」の意味

 少し前の5月3日、私は、福井県内の九条の会(27団体)の共催で開催された「憲法九条を考える市民のつどい」に参加した。メインの講演は、「世界」(岩波書店)の編集長岡本厚氏の「戦争をしない国に向けて、いま出来ること」。Dscn1155_1

 テーマを特定せずに、改憲の是非を問うことの無意味さの指摘は、目からウロコだった。言われてみれば、確かにそうだ。改憲と言ってもいろいろある。例えば、環境権を憲法に書き込むべきだとか、プライバシー権だって、知る権利だって、もっと明確に書いてもいいのではないかとか、前向きにとらえた改憲論だってたくさんある。そういった区別をせずに全部一緒くたにして、改憲派が過半数を超えたとか言っても、何の意味もない。

 そこで思い出すのは、4月29日の北海道新聞の記事だ。「『憲法に関する道民世論調査』を北海道新聞情報研究所に委託して実施した」とあったが、おもしろかったのは、9条1項について尋ねたアンケート。
 「自衛のための戦争であればよいと明記」という意見が38.4%あったものの、他方で、「自衛戦争も含めて、すべての戦争放棄を明記」という意見が39.5%あって、こちらの方が多かった。この自衛戦争も違憲であることを明記すべきだという意見も、憲法を変えるという意味では改憲論にカウントされてしまうのだろう。

 そういうことを頭に置いて、改めて新聞やテレビを見ていると、論議があまりに雑ぱくだという印象を強く受ける。コメンテーターや解説者の話も、そういったことを意識せずに(あるいは意図的にごまかして)、改憲ムードを盛り上げようとしているように見える。

 騙されないように気をつけねば。

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