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2007年6月

2007年6月22日 (金)

NHKクローズアップ現代「“集団自決”62年目の証言」

 車を運転しながらテレビの音声だけ(画面は見ていませんでした。念のため)を聞いていました。

 そうしたら、教科書検定で、集団自決が日本軍の命令だったと理解される部分について、削除すべし旨の検定意見が付されたという話題が耳に飛び込んできました。(あとで、NHKのクローズアップ現代だったことが分かりました)

 それだけでも、何を歴史の事実を隠そうとしているんだと怒りがわきました。

 しかし、さらに、沖縄の思いを現地で拾い集めたレポートを聞き、そして、具体的には、子どもたちを含む親族を殺害せざるをえなかった人の話等々を聞きながら、私の怒りは極めて浅いものだったと反省いたしました。

 「沖縄の人たちは、根こそぎ軍に駆り出されて働いていた、そのため軍の秘密を知ってしまっていた、捕虜になればスパイになる、スパイならないためには自決するしかなかった。」こういう事実を突きつけられると、もう言葉がありません。

 それほど長い番組ではなかったのに、心にずしんと重い物が残りました。

 この歴史的事実を後世に残さないといけない、その努力を沖縄の人が始めているという事実には、心底励まされ、私たちもできることを続けなければいけないと思いました。

 そういう思いでいたところへ、お玉さんのブログでのNHKへ激励メールをとのよびかけに触発され、私もNHKにメールを送っておきました。

(追伸)
 思いもかけず(というのは先ほどまで検索でヒットして拝見していたブログでしたから)頂いたトラックバック元の残照さんのブログには、詳細が紹介されている。何せ、私は、車を運転しながら音声で聞いたので、記憶はかなり断片的です。

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2007年6月20日 (水)

君が代不起立訴訟東京地裁不当判決

 東京地裁のとんでもない不当な判決です(判決文がまだ見られないので新聞記事で分かる範囲の感想です)。

 「原告の歴史認識や職業的信念を否定するものでなく、式典での歌唱時の起立は当然の儀礼的行為」「公務員の職務の公共性に由来する必要な制約」などとしたというが、式典での歌唱時の起立が当然の儀礼的行為と誰が決めたのか、公務員の職務の公共性に由来すると何故式典で起立などしなくてはならないのか、全く納得できません。
 司法の最大の役割は、憲法の定めた基本的人権を守るところにあると思うのですが、それを放棄したものというほかありません。
 判決文を見れば、もっと腹が立つかも知れませんが、じっくり見てみたいと思います。

「教員の再雇用撤回は合理的」 君が代不起立訴訟で判決
http://www.asahi.com/national/update/0620/TKY200706200351.html

君が代訴訟:再雇用取り消しの元教員の請求棄却 東京地裁
http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/gyousei/news/20070621k0000m040089000c.html

(追伸(22日))
 判決や弁護団の声明について、弁護団の水口洋介弁護士のブログにアップされていることをろーやーずくらぶで教えてもらい、早速ダウンロードして読み始めたところです。読めば読むほど疑問は大きくなります。

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2007年6月15日 (金)

グローバル9条キャンペーンの話

◇ 福井弁護士9条の会総会・笹本潤弁護士の講演

 6月14日は、「福井弁護士9条の会」の総会だった。そこで聴いた笹本潤弁護士の講演がとてもよかった。
 笹本弁護士がどういう活動をされているかについては以下のサイト(ちょっと情報が古いけど)に書いてある。
   http://www.jicl.jp/hitokoto/backnumber/20051003.html

 メモをとっていなかったので、細かいことが書けないけど、「グローバル9条キャンペーン」の発想は、9条をグローバル化しようという発想は、すごいことだと思った。

 とても分かりやすい。

 そして、笹本弁護士の話は、なにより、理屈抜きで感性に働きかけるものがあった。笹本弁護士が多くの国に実際に出掛けていって直にインタビューした結果がビデオに納められていた。そこでは、多くの国の国民が、「9条」を意識し、「9条」を象徴として運動を進めようとし、「9条」があるからこそ日本を信じられると言い、今こそ「9条」が全世界のものになるべきだと熱く語っていた。映像のインパクトは非常に強いものがあり、自ら足を運んで直に話を聞いてきた人(笹本弁護士)の話は、説得力があった。

 そして、9条を中心に置くことにより、世界の人たちが同じメッセージを発信できる。

 狭い日本だけで9条の問題を考えていると、どうしても、9条がまだ守られていた昔の話になってしまう。話は、どうしてもそこに戻る方向に流れ、愚痴に近くなる。
 (そのこと自体、悪いことではないどころか重要なことだと思うが)例えば、戦後配られた教科書などには戦争放棄、軍隊の放棄がはっきりと書かれていたというようなことである。
 こういう歴史的事実は重いが、発想が過去に戻り、運動も、そのよかった頃に戻すような発想になりがちで、話が未来へと向かっていかないという欠点がある。「9条いまこそ旬」になりにくい。

 そう言えば、以前、私自身、韓国の弁護士の話を直接聞く機会を持ち、日本でもなかなか認められない「平和的生存権」を韓国の裁判所で認めさせた話に感動をしたことがある。

 9条を日本人の目からだけでなく、もっと広い視点でとらえ直すことの重要性を改めて感じるし、日本においては9条を実現する運動、世界においては9条をグローバル化する催しへの参加が非常に大事であると思う。同時に、そのことが我々自身を元気にしてくれることだと思う。

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2007年6月 7日 (木)

憲法9条が変えられたらどうなる?(3)-軍事裁判所(2)

 自民党の新憲法草案に書き込まれた「軍事裁判所を設置する」(第76条3項)については、今のところ、余り議論されていない様子ですし、正直言って今まで余り重視していなかったのですが、昨日も紹介した田岡氏の説明を拝見して、実は極めて重大な条項ではないかと思い始めました(お恥ずかしい)。
 改めて、条文を眺めてみますと、

第76条(裁判所と司法権)
③ 軍事に関する裁判を行うため、法律の定めるところにより、下級裁判所として、軍事裁判所を設置する。

となっています。

 これだけを眺めてもよく分からないので、現在の日本国憲法を比較してみましょう。

第七十六条 すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。
2 特別裁判所は、これを設置することができない。行政機関は、終審として裁判を行ふことができない。
3 すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。

 

 現行の日本国憲法は、特別裁判所の設置を禁止しており、司法権は、最高裁判所を頂点とする裁判所が独占する構造になっています。これは、法的紛争については、全て民主的な手続で選任された裁判官によって裁くことにし、行政機関が裁くとか軍法会議が審理するなどの例外を一切認めないという趣旨です。

 ところが、ここに軍事裁判所という特殊な存在を持ち込もうというのが、自民党の新憲法草案ということになります。批判を回避しようとしたのか、現行の日本国憲法の他の条項はそのまま残しましたので、軍事裁判所は特別裁判所ではないということには一応なります(そうでなければ条文自体が矛盾していることになります)。控訴・上告によって高裁・最高裁による三審制を維持する限りにおいては、その範囲で民主的な担保があるということになるのでしょうか。

 しかし、そうであるなら、敢えて軍事裁判所を設ける意味が余りないわけですし、名称からして明らかに軍人や軍隊に関わる紛争を裁くことを予定しておりますから、ここの条文の構造は、矛盾を抱えていることになります。

 この矛盾は、将来修正されるのではないかと思うのですが、修正の方向は国民にとってよい方向に行くとは思えません。

 また、軍事裁判所の審理の対象も問題となります。軍人の犯罪行為を裁くのが第1の役割になると思いますが、「たむ・たむ(多夢・太夢)ページ」(http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/index.html)さんの「自民党新憲法草案に関する各政党の主張」を見ていたところ、「『軍事に関する裁判』の対象が軍人に限定されるとは限りません。“軍の機密を守る”という名目で一般国民も憲兵隊の監視対象とされ、「軍事に関する」法律に違反したとみなされれば、軍事裁判所で裁かれる可能性もあります」との記述を発見しました。本日報道のあった陸上自衛隊情報保全隊の逸脱行動http://www.asahi.com/national/update/0606/TKY200706060369.html)を知ると、そういうことが十分に考えられますから、恐ろしくなります。(この問題の詳細は、これを告発した日本共産党のホームページで見ることができます。→ここ

 「法律の定めるところにより」との文言は、前後にこれを限定する文言が見あたりませんから、法律で決めれば何でもできることになります。十分に考えられます。恐いことです。

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2007年6月 4日 (月)

憲法9条が変えられたらどうなる?(2)-軍事裁判所

 自民党の新憲法草案に軍事裁判所の設置に関する条項があることを書き込んだところ、早速、さきさん(http://blue.ap.teacup.com/paletoutseul/)からTBを頂いた。

 「朝日ニュースター」パックイン・ジャーナルでの田岡俊次氏の軍法会議についての説明(http://blue.ap.teacup.com/paletoutseul/2301.html)は、興味深いので、是非とも見て頂きたいものだ。軍人が軍人を裁くのだから、甘い判断しかなされないということなんだよね。一種の治外法権ということか。軍人の行き過ぎは大目に見るというわけですね。軍隊・軍人を特別扱いするとどういうことになるか、この国は過去に暗い経験を十分にしてきたのにね。

 一応、「下級裁判所として」とされているから、高裁・最高裁まで行けば通常の裁判所で裁かれるのだが、圧倒的多数の事件が一審で決着することになるはずである。

 しかも、「法律の定めるところにより」、どのような内容になるのか不明なのが不気味である。まさかと思うが、一般国民と軍隊との事件が軍事裁判所で裁かれる(一般国民が一定の犯罪については軍事裁判所で裁かれる)などということまで考えてはいないだろうな。

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2007年6月 3日 (日)

憲法9条が変えられたらどうなる?

 「憲法9条が変えられたらどうなる」というテーマに対する回答をきちんと整理するのは、簡単なことではない。しかし、憲法改正手続法が成立し、憲法改正が現実問題となっている以上、避けて通れない議論である。
 そして、この際に最も議論しておかなくてはならないのは、言うまでもなく、現在の政権政党である自民党が作成した「新憲法草案」であることに異論はないであろう。
 改めて、自民党の新憲法草案の9条関連の条項を見てみると、次のとおりとなっている。

自民党新憲法草案

第9条
 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
(「② 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」と規定する日本国憲法9条第2項を削除する)
第9条の2(自衛軍)
① 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮権者とする自衛軍を保持する。
② 自衛軍は、前項の規定による任務を遂行するための活動を行うにつき、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
③ 自衛軍は、第1項の規定による任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び緊急事態における公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。
④ 前2項に定めるもののほか、自衛軍の組織及び統制に関する事項は、法律で定める。

 「自衛軍」という言葉をみると、改めて、「自衛隊」を「軍隊」に変えようとしていることが重く響く(思わず、ドキッとするのは私だけか)。

 しかも、ここで注意したいのは、「国会の承認その他の統制に服する」との言葉が空しく響くほどに、「法律の定め」がちりばめられている点である。憲法は国民が権力者に発する命令であるが、法律は権力者が国民に発する命令であることを忘れてはならない。要は、「統制」するといいながら、軍隊の統制は、国民の手を離れ、権力者の手に委ねられる。

 さらに、「国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び緊急事態における公の秩序を維持」するための活動が自衛軍の活動として憲法上明記されていることに否が応でも目が行く。「国際的に強調して行われる活動」や「緊急事態」が強調された時に、「公の秩序」を維持するために何が行われるのか。ここで秩序維持活動の対象とされるのは何か(誰か)。この点をじっくりと考え、議論しなければならないと思う。

 しかも、この軍隊設置の関係では、新たに軍事裁判所を設置しようというのが、自民党の新憲法草案の中身である。

第76条(裁判所と司法権)
③ 軍事に関する裁判を行うため、法律の定めるところにより、下級裁判所として、軍事裁判所を設置する。

 この条項を含めて、「9条が変えられたらどうなるのか」について、じっくりと考えてみたい。

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2007年6月 1日 (金)

消された年金と憲法25条

● 年金時効撤廃特例法案は衆院を通過したが
 政府与党は、議員立法の形で、「年金時効撤廃特例法案」を提出し、6月1日未明の衆院本会議で可決されたとのことである。
 率直に言って(正直言って)、法案の中身はこれから調べようかと思っている状態なので、偉そうなことは言えないのだが、それにしても、ドタバタでしたね。
 最初、この国の首相は、騒がないでくれなんてことを言っていた。それが急転直下、他にも重要法案が目白押しの状況にもかかわらず、十分に審議時間も経ずに強行採決した。余りに見え透いてますよね。ただ、選挙が恐いという一心に過ぎず、本当に国民のことを考えたとは、残念ながら思えない。

● 消された年金はどんな基準で復活するのか?
 確かに、時効撤廃は大事。だが、それだけでは問題は解決していない。というか、最大の問題が残っている。どのような場合に消された年金を復活するのか。領収証がなくても認めるとしたのは、一歩前進ではある。しかし、どのような事実が証明できれば、これを認めるとするか、その基準を策定するのは容易な作業ではない。また、最終的な立証責任をどこまで誰が負うのか、きちんと議論しなければならない。これも簡単な話ではない。
 年金の時効の撤廃以上に、この問題をきちんと議論して合理的な大多数の国民が納得できる基準を決めなければ、何も解決していない。
 今後の政府の動きを厳しく監視していかなければならないと思う。国会でこの点がどのように議論されて行くのかも、見つめて行く必要がある。

● 改めて憲法25条を考える
 さて、ここで憲法25条である。
 憲法25条1項は、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と定めている。国民年金などの社会保険が、これを受けた社会保障制度の一環であることは、言うまでもない。
 約5000万件もの該当者不明の年金記録をつくり出してしまった(というか、本来の権利者からすれば消されてしまったというべきか)国の責任は、重い。その国のトップが、問題が発覚した途端に、まず「騒がないで欲しい」旨発言するようでは、とても安心して国の舵取りを任せておけない。少なくとも、今ある憲法をきちんと守ろうと考えない人間に憲法改正を主張する資格があるのか、甚だ疑問である。

(追記)
 衆院を通過した議案の中身は、衆院のサイトで見ることができる。
http://www.shugiin.go.jp/index.nsf/html/index_gian.htm
 とても分かりづらいが、条文自体は5条までしかなく、単純なものである。おおまかに整理すれば、①保険給付を受ける権利に係る裁定後の保険給付を受ける権利についての消滅時効の不適用、②政府は年金個人情報について(関係者の協力を得つつ)、正確な内容とするよう万全の措置を講ずるものとするとの政府の責務、である。
 時効の不適用を確認したことだけに意味があるが、政府の責任はあいまいである。「正確な内容とするよう万全の措置を講ずる」とはどういうことなのか。国会議事録を見てみないと何とも言えないね。

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