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2007年7月

2007年7月30日 (月)

書籍「戦争のない世界へ・5大陸20人が語り尽くす憲法9条」

5tairiku20_2  グローバル9条キャンペーンのことは、福井弁護士9条の会でわざわざ福井まで来ていただいた笹本潤弁護士の講演の内容として以前にもご紹介したことがあります。→こちらです。

 笹本弁護士とお会いする機会があり、グローバル9条キャンペーン編の書籍を紹介されて直ちに購入しました。

 まだ、ぱらぱらとめくってみただけですが、世界から日本国憲法9条を見る視点の大切さを再度確認させて頂いた気がします。

 「重要なことは、九条の要請する『軍隊・武器の廃絶』『武力によらない平和』は、日本だけの運動では実現できないということです。憲法前文が『平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持』すると唱っているのは、日本の市民が、平和を愛する海外の人たちと協力して、九条のように武力に頼らなくてもいい国際環境をつくることを求めているのです。」という下りは、憲法が目指した理想を喝破していると言えるのではないでしょうか。

 北朝鮮や中国の脅威を持ち出して、だからこそ日本人の安全のために軍備は必要だという議論がそれなりの説得力を持って語られることが多いのですが、だからこそ、そういう武力に頼らなくてもいい国際環境をつくるように努力すべきだというのが、この書籍の発想の根本にあると思います。

 日本国憲法は、武力を持たずに他力本願で平和を他国に依存するだけで日本の平和が実現するなんて甘いことは言っていないということを忘れてはいけないと思います。
 念のために、日本国憲法の条文を引用しておきます。

日本国憲法前文(抜粋)

 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

 なお、「平和的生存権」という人権の観点から平和をとらえるとするならば、日本国憲法12条は、極めて大切で本質的なことを指摘しています。

日本国憲法12条

 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

(まだ、読んでいる最中ですので、読後感を含めて書きかえるかも知れません)

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2007年7月22日 (日)

日弁連「憲法60周年記念シンポジウム」

2  7月1日の記事でも書きましたが、7月21日、弁護士会館2階講堂クレオで、日弁連は、「憲法60周年記念シンポジウム・憲法改正と人権・平和のゆくえ・パートⅡ イラク戦争から何を学ぶか」を開催しました。

 目玉の1つは、品川正治さんの講演です。
 目玉のもう1つは、西谷文和さんの「イラク 戦場からの告発」です。
 そして、目玉の3つ目は、愛敬浩二氏、浅井基文氏、西谷文和氏、田巻紘子氏らによる大討論会だったのです。

 まず、その1つである。西谷文和さんの撮影した映像を中心にまとめたDVDをご紹介しておきます。

 シンポジウムの冒頭に会場で流したDVDでもあるのですが、これは・・・。イラクの人たちは、イラクで生まれた子どもたちは、それだけの理由で、何故これだけひどい目に遭わなければいけないのだろう。この実態は、無差別殺戮以外の何ものでもない。あまりにもひどい。

 ある子供は、クラスター爆弾の不発弾をサッカーのつもりで蹴飛ばして手足を奪われた。劣化ウラン弾による環境破壊によってガンに冒され、生まれつき目が見えない子供、脳がない状態で生まれてきた子供、生まれつき皮膚ガンに侵されていた子供等々。
 テロの恐怖のために銃を乱射するアメリカ兵に殺され、あるいは傷ついたイラクの人たち。
 正視するのが辛い映像が続くが、西谷さんの解説付で、比較的冷静に見ることができた。

 しかし、

 「これはアメリカによるテロではないのか」

 このような感想を持った。

 劣化ウラン弾は、原発から出た使用済ウラン=核廃棄物のリサイクルであるため、比較的安価に作ることができるそうだ。しかも、戦車をも攻撃できる強い能力を持つそうだ。しかし、その使用が相手国の一般の国民に長期にわたる深刻な被害を与えることを何とも思わないということなのか。それが戦争だということになるのか。
 もしこれが「テロ」と解釈されるのであれば、将来にわたる大量殺人行為ではないか。

 クラスター爆弾は、親爆弾を空中で爆発させて大量の子爆弾を地上にばらまいて破裂させるという大量殺戮兵器な訳だが、不発弾が意図的に作られているという恐ろしい事実を教えられた。子爆弾の一部にパラシュートを付けて落下させ、地上に緩やかに落下させる結果、爆発せずに不発弾となる。その結果、地上には多くの不発弾が今も存在し、警戒心の薄い子どもたちが被害に遭っている現実があるのだ。
 こんなこと、同じ人間として許せるようなことではない。

 そして、平和主義憲法を持ちながら、その理想を世界に向けて発信しようとする努力を怠り続け、アメリカの起こした「違法な」暴力行為にいつまでも加担し続ける日本とは、一体なんなんだ。

* テロ=テロリズムとは、「一定の政治目的を実現するために暗殺・暴行などの手段を行使することを認める主義、およびそれに基づく暴力の行使。」とされている。(大辞林より)

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2007年7月20日 (金)

生存権・憲法25条

 最近、悲しくなる話が多すぎると思いませんか。

 ワーキングプアのことは、以前に書いたことがあります(その1その2)。ネットカフェをねぐらにして生活しているネットカフェ難民の問題も、大きな社会問題になっています。

 他方で、年金の管理が余りにずさんであったことが、ご存じのとおり、大問題となっています。

 そして、極めつけは、生活保護受給廃止後に死亡し、死後約1ヶ月が経過しミイラ化した状態で7月10日に発見された独り暮らしの男性(52)の事件ではないでしょうか。新聞の報道によると、生活保護の辞退届を提出させられ、4月10日に受給廃止となっており、男性は日記に「働けないのに働けと言われた」などと記していたとのこと。6月上旬の日付で「おにぎり食べたい」とも書かれていたそうです。

 どれも、国民が貧困に陥った際のセーフティネットに関わる問題です。

 富める者がますます富を独占し、他方で貧困が確実に進んでいますが、私の事務所では、スタッフを含め、そのことを実感しています。経済的に本当に困った人の相談が激増していますし、法律扶助事件(簡単に言いますと、収入が少ないため、弁護士費用を大幅に減額した上で、それを国が一時立て替える制度)は確実に増えています。本日の事務所会議でも話題になっていました。

 一生懸命働いて生活をしている(そうするしかない)一般の国民からすれば、国家は、本当に困った時に何とかしてくれるからこそ、その存在意義があるのではないでしょうか。立派な道路や箱物を作ってもらっても仕方ないし、まして、官製談合でゼネコンに儲けさせたり、無駄な施設をたくさん作ったりして無駄遣いをしてもらうために税金を払っているのではありません。

 憲法25条、生存権が軽視されていると強く思います。

第25条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

「 この生存権の保障規定は、社会権のなかで原則的な規定であり、国民が、みな人間らしく生きることができることを権利として宣言したものである。生存権には、国家による妨害を排除するという自由権的な側面も存在するが、二項では、社会権的な側面での生存権を中心に、一項の趣旨を実現するために国に生存権の具体化について努力する義務を課している。それをうけて、現行法上では、生活保護法、児童福祉法、老人福祉法、身体障害者福祉法などの各種の社会福祉立法、国民健康保険法、国民年金法、雇用保険法などの各種の社会保険立法がなされ、社会保障制度が確立されている。また、保健所法、食品衛生法、環境基本法などにより公衆衛生の整備もはかられている。」(辻村みよ子著「憲法第2版」322頁)

 この憲法の精神を尊重しようという意識が権力者にあれば、今日のような事態は生じていないと思います。今の権力者(政府や政権党)は、自分の保身や利益しか頭にないために、その目は、自分の保身や利益のために役立つ人間にしか向いていないと思います。
 国民の暮らしを真剣に考えてくれているのは誰か、誰にそれを託せばいいのか。

 選挙は大切です。
 もうすぐ、選挙です。
 「私」が生き生きと生きていくためには、誰に投票するのが最もいいのか、どの政党に投票するのが最もいいのか、よく考えて投票したいものです。

 

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2007年7月14日 (土)

「自由民主党 新憲法草案のポイント」

 自民党が、
        「自由民主党 新憲法草案のポイント」
というものを発行しているそうだ。

 実物があれば、是非見てみたいと思うのだが、どうも外部に公表していないらしい。

 あちこち探してみたけど、これを記事にしているペーパーは、しんぶん赤旗(http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2007-07-06/2007070601_01_0.html)しか見つけられなかった。同紙は、次のように報道している。

自民が改憲パンフ
海外派兵のため「自衛軍」化

 自民党が参院選で本格的な憲法論議をするよう改憲問題の解説パンフレット『自由民主党 新憲法草案のポイント』を発行していたことが五日分かりました。その中で改憲手続き法による調査専念期間(三年間)の解除直後に「憲法改正の発議」ができる自衛隊を「自衛軍」とするのは海外派兵のため、などの本音を盛り込んでいます。

 問題のパンフレットは中山太郎・同党憲法審議会会長が主導して作製したものです。三十三ページにわたり二十三の項目について問答形式で解説。巻頭で中山氏は「我が党のすべての候補者のみなさんに正確にご理解いただくために、取り急ぎ、作成した」とその意図を述べています。

 また冒頭では、今回参院選での選出議員の六年の任期内に改憲発議が可能になるとして、選挙中に本格的な憲法論議をかわす必要を強調しています。

 改憲手続き法では、改憲のための国民投票制度が施行されるのは三年間の「調査専念期間」(いわゆる凍結期間)を経た二〇一〇年五月以後。仮に改憲日程が具体的に進むとしても改憲原案の審議は、その後から始まる、というのが一般的な解釈です。

 ところがパンフレットでは「3年間は、漠然とした憲法論議しかできない期間などでは全くなくて…『改憲の是非とその具体的な項目の抽出』を行う調査期間であり、この『調査専念期間』の解除後は、直ちに憲法改正原案の審査・起草、そして衆参両院の3分の2の議決を経ての『憲法改正の発議』に直結することとなるものなのです」と明記。凍結期間明け即改憲発議へ直結だと宣言しています。

 現行九条の二項を削除し、自衛隊を「自衛軍」と変えた点については「自衛隊は、海外に出ると、世界の常識に照らし合わせて、軍として扱われます」「自衛隊が国際社会の要請に応じて世界でさまざまな活動に従事するようになった現在、この(自衛軍でないこととの)矛盾が、大きな支障となっています」と記述。自衛隊の海外派兵先にありきの九条改悪というねらいが明らかにされています。

 安倍総理は、元々「憲法改正」を最大の政治課題に挙げてきた。
 最近余り言わないのは、相次ぐ閣僚の不祥事、年金問題で手一杯で、守勢に回っているだけなんだろう。けれど、お膝元の自民党では、怠りなく、憲法改正に向けて、やるべきことをやっている。

 安倍内閣が、「憲法を改正して、軍隊を持って、海外派兵をしよう」内閣であること、そのための準備を着々と進めていることを忘れないようにしないと。

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2007年7月 8日 (日)

強行採決

 今日は、日曜日である(当たり前だが)。少しのんびりと、あちこちブログをおじゃましている。
 前から気になっていた「らんきーブログ」さんの「安倍政権のこれまでの問題点いろいろ」を改めて拝見した。(「強行採決」の部分だけをテキストで貼り付けさせて頂いたが、詳細は「らんきーブログ」さんの方でどうぞ)

1.強行採決
 1)改正教育基本法の強行採決
  慎重審議を望む多くの国民の声を無視
 2)19年度予算案の強行採決
  政治と金の疑惑に十分な説明をしないまま審議打ち切り
 3)国民投票法案の強行採決
  慎重審議を望む国民の声を無視し、スケジュール優先
 4)在日米軍再編特措法案の強行採決
  3兆円の国民の税金が何に使われるのか不明のまま強行採決
 5)少年法改正の強行採決
  小学5年生でも少年院送りの法案の問題点を十分審議しないまま強行採決
 6)更生保護法案の強行採決
  1週間前の少年法改正の強行採決の事態を収拾せず強行採決
 7)教育三法の強引採決
  いいなりの教師と教育委員会、ひいてはいいなりの国民を作るための教育関連法も十分な審議の無いままに・・・。学校教育法、地方教育行政法、教員免許法の改正。
 8)社保庁改革法案の強引採決
  約5千万件の国民の年金納付記録の対象者が不明というミスなど、社保庁のミスをそのまま、そして罪を擦り付け、審議も十分にしないまま、またも強行採決
 9)年金時効特例法案(あるいは消えた年金幕引き法案^^)の強引採決
  4時間だけの審議で強行採決。形だけの法案で国民をごまかし、早く年金問題の幕引きを図りたい政府の意思の表れ
10)イラク特措法案の強引採決
11)改正国家公務員法の強引採決
  委員会での採決を省略して本会議に上程するという掟破りの「荒業」を使った、別名、「天下り推進法案」との異名でお分かりのザル法

 すごい。これだけ強行採決を立て続けにできた内閣が過去にあっただろうか。安倍内閣誕生が2006年9月末頃だったから、この短い間に、よくぞこれだけできたものだと改めてつくづく感心する。
 どれもこれも、問題法、悪法ばかりだが、特に、第2の憲法とまで言われた「教育基本法」の改悪、日本国憲法改悪のための悪法=国民投票法の強行採決は、めちゃだ。

 きちんとデーターを整理しているわけではないので、印象だけで物を言うけど(概ね当たっていると思うけど)、「法案が提出される→国会審議の中で問題が明らかになる→世論が『成立を急ぐ必要はない』という方向に傾く→強行採決というパターンが定着したのではないか。野党が反対しているというより、国民の多くが慎重審議を望んでおり、野党がその国民の意識を代弁して早期成立に反対している中で採決を強行する。これこそ、国会における数の横暴である。「拙速」である。

 しかも、どれを見ても、国民の基本的人権が脅かされかねない重大な論点を含んでいる法律ばかりである。急ぐ必要はないどころか、国民の意見を十分に聞き、国民合意の下で修正を重ねながら、進めて行くべきテーマばかりであった。
 とりわけ、教育基本法は60年の長きの間、第2の憲法と言われてきた法律であった。「改正」する必要が本当にあるのか疑問だとする多くの国民の意見を無視するように強行採決された。
 国民投票法は、60年の長きの間、存在しなかった投票法を作成するのだし、国民が権力を縛るための憲法に関する意思を明確にするためのものなのだから、最重要法である。国民の意思をきちんと問うための手続はどうあるべきかを時間をかけて議論すべきは当然であった。参議院での18もの付帯決議は異常である。

 国民の意思を反映しない内閣、その内閣の母体となっている政党(議院内閣制、政党政治だから)にいつまでも好き放題させていては、主権者国民の名がなく。名がなくだけならいいが、主権が転倒・逆転する。「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものてあつて、その権威は国民に由来」(言うまでもなく憲法前文)するのだが、「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない」(憲法12条)のである。

 主権者国民の意思と国会議員の意識との間にズレがある。この総体としてのズレは、国民の意思を代弁する意識、国民の利益を代弁する意識が希薄な議員が多数存在するからにほかならない。選挙は、このズレを解消して、国会を真に国民の意識を反映する機関に是正する機会である。

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2007年7月 4日 (水)

憲法9条が変えられたらどうなる?(5)

 日本の周辺のアジアの人たちにとって、日本の軍備は脅威だと思います。現在は憲法9条があって、自衛隊(Self-Defense Forces)は、専守防衛に活動を限定されています。憲法9条の存在が安心を与え、アジアの平和に貢献しているとよく言われます。
 
 しかし、ここで日本が憲法9条を改悪して、自衛隊ではなく軍隊を持つとなったら、いかに脅威であるか。立場を代えて考えてみれば、容易に想像できます。

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   (山田朗著「護憲派のための軍事入門」(花伝社発行)36頁より)

 この表によると、自衛隊である今でも、自衛隊の装備は、その予算規模で比較すると、アメリカを別格として、フランス、イギリスと肩を並べるレベルにあります。その自衛隊が軍隊となり、装備を質・量ともに拡大するだけでなく、世界で突出したアメリカの軍隊と結びつきを強めるとしたら、こんな恐ろしいことはありません。
 
 ちなみに、日本においては、北朝鮮の脅威が言われます。憲法9条の改変すなわち軍隊を持つ必要について、北朝鮮の脅威が主張されます。
 しかし、北朝鮮の国家予算の規模については、新潟県の県予算と同じだとか、埼玉県と同じとか、いろいろな説があるのですが(換算の仕方によっても違うので難しいのですが、一度きちんと検討してみなくてはいけません)、いずれにしても、その程度の資力しかありません。
 アジアの他国からすれば、北朝鮮より日本の方がはるかに脅威なのです。
 
 そうすると、日本国憲法9条が改変され、自衛隊が軍隊になり、集団的自衛権をも行使できるとなった場合、日本周辺の国が、危機感にかられて軍備を増強するのは当然で、これによって、一定期間、軍備増強合戦が、人的にも物的にも行われると思います。
 
 余りに不幸な連鎖と言わねばなりません。武力衝突の危険が増すことは間違いありません。

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2007年7月 2日 (月)

憲法9条が変えられたらどうなる?(4)

 もしも憲法9条から2項が削除され、自衛隊が軍隊にされてしまったら???

 あまり考えたくありません。
 しかし、憲法改悪を第1目標に掲げた首相が登場し、「新憲法制定」を連呼している。考えざるを得ません。→自民党の新憲法草案での9条の中身はこちら

(ちなみに、彼らは、憲法改正を目指すのではなく、「新憲法制定」を目指しているんですよね。「新憲法草案」ですから。)

 

 

 自衛隊は、誰が見ても、軍隊です。予算規模で見ても、世界有数の資金を費やしています。アメリカが突出していますが、日本は、イギリス、フランスと並び、世界2~4位の軍事予算を使っています。

 でも、「軍隊ではない」のです。笑い話でしかないのですが、そう強弁して来たのが、自民党歴代政府でした。

 かつて政府がGNP1%枠という制約を自ら課した(最近どうなったんでしょう?)のも、「自衛隊は自衛のための最小限度の装備なので」「その程度しかお金を使っていません」と言い逃れをするためでした。

 しかし、・・・。
 憲法9条が改悪されたら・・、そういう弁解は必要ありません。「湯水のごとく」という訳にはいかないでしょうが、かといって、「遠慮しながらこそこそと」という必要もなくなります(客観的にはどうみても「遠慮しながら」ではないという問題はとりあえずおきます)。

 しかも、憲法9条2項の削除並びに9条の2の新設、すなわち自衛隊の軍隊への再編、集団的自衛権の承認は、アメリカの要求に基づくものです(このことは、もはや客観的な事実でしょう)。アメリカは、「蓮の葉戦略」(Lily Pad Strategy)と呼ばれる米軍再編の一環として、自衛隊のtransformation(転換)を要求していると言われています。ですから、9条が今のまま変わらなければ、アメリカの要求に対して、日本政府も、「日本国憲法がある以上、『自衛権』を逸脱するような軍備を持つことはできないのです」と言えるし、アメリカもそれ以上のことは簡単には言えないのですが、その歯止めがなくなったら、アメリカの要求に従って、アメリカの戦略の片棒を担ぐための軍隊の再編を余儀なくされてしまいます。

 もちろん、そんな要求、我が国の内閣総理大臣や政府が、「内政干渉」だと突っぱねられるのであれば、杞憂になりますが、そんなこと逆立ちしたってあり得ない(と思う)。

 さらに、憲法が集団的自衛権の行使を容認したとき・・・、安保条約の改定がまっさきに行われると想像できます。
 「対等の立場にたった」なんていいながら、日本がアメリカの戦争に巻き込まれて行く道筋が見えてきます。

 

 ・・・憲法9条は、今のままでようやく自衛隊がアメリカの戦略の中に完全に組み込まれる寸前のところで阻止していると思う。本当にそう思う。歯止めを外しては絶対にいけない。そう思う。

 

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2007年7月 1日 (日)

日弁連シンポジウムと品川正治氏講演(予定)

◇ 日弁連(日本弁護士連合会)がシンポジウムを予定しています。

日時:7月21日(土)午後1時~
場所:弁護士会館2階講堂クレオ
テーマなど:「憲法改正と人権・平和のゆくえ」
          ~パートⅡ イラク戦争から何を学ぶか~

 これは、憲法60年記念シンポジウムの第2弾で、その講演者として、品川正治氏をお招きすることになっています。

◇ 品川正治氏インタビュー記事

 私は、担当委員会である憲法委員会に所属しているのですが、そのMLで、1人の委員が、品川氏のインタビュー記事を紹介してくれました。
 すぐにその雑誌(「経済」7月号)を書店に注文して読むことにしたのはいうまでもありません(勉強熱心ですから(^^;))。

 財界の中心にあった品川氏が何を言うのかという揶揄に近い好奇心があったのは事実です。品川氏は、経済同友会の終身幹事の肩書をお持ちです。経済同友会が改憲推進の立場を鮮明にしてきたことも広く知られています。私がそういう偏見を持つのも無理はありません(開き直ってます(^^;))。

 しかし、一読して、私の認識が間違っていたことが分かり反省しました(根が単純なので、すぐ反省します)。さらに、肩書などで偏見をもって人を評価することの愚かしさを自覚しました。私たちのように戦争を経験していない世代には到底語れない実体験に基づいた信念が品川氏の言葉にはありました。重みが違うのです。素直にその言葉に耳を傾けてみたいと思い、再読しました。

 さらに、ネット検索してみると、品川氏は、以前から、講演会などで、自らの体験とそれに基づく考えを発信し続けておられたことも分かりました。単に私が知らなかっただけということが分かり、ますます恥ずかしい思いにかられました。

 品川氏の言葉は、どれもこれも重いし、とても要約できる内容ではありません。下手な要約は、品川氏の真意を曲げます。結局のところ、前記の雑誌記事を直接読むしかないし、品川氏のお名前で検索すると、講演録を拝見することもできるので、そっちで読んでもらうしかありません。

 以下は、自分のためのメモのようなものです。記しておきます。
 戦争の本質を体験された品川氏であるからこそ、価値観を転倒してしまう戦争の怖さ、常時戦争をしている国であるアメリカとの「価値観の共有」などとんでもないことを実感を込めて話されるのだと思います。

 戦争になれば、人類が勝ち取ってきた自由や人権という尊重すべき価値よりも、「勝つため」という価値が優先してしまう。戦争は価値観を転倒してしまう。このことを嫌というほど経験したわけです。

 今は憲法改定論議を一番してはいけない時期だと思うのは、アメリカが現に戦争状態にあるからです。・・・今言ったとおり戦時国家は、すべてを動員します。アメリカは、もちろん同盟国日本を戦争に動員しよう、そのためには「戦争をしない」という憲法を変えようとしています。その流れを止めるために、私が大事だと考えているのは、「日本の価値観とアメリカの価値観は違う」という視点です。

 「日本とアメリカの価値観は違う」という意味は、日本は戦争をしない国だと憲法で決めている国であり、一方、アメリカは常時戦争をしていて、現在も戦争をしている国であるということです。

 歴史的に言えば、世界で原爆を落とした国はアメリカだけで、落とされた国は日本だけしかありません。その二つの国の価値観が一緒だと言ってしまったら、世界の歴史の認識が成り立たなくなってしまう。日米が価値観を共有しているという見方で政治、経済を運営していこうとすれば、根本的な間違いではないのか。

 日本は平和憲法で「絶対戦争はしません」「世界には敵がおりません」と宣言している国です。一方、アメリカは、他の国を「悪の枢軸」「ならず者国家」と名指しして、戦争を遂行している国です。この両国の価値親が一緒だと言ってしまったら、すべてを見誤りますよ、ということです。

 「アメリカと価値観を共有する」という理屈で、アメリカとの軍事同盟をさらに強化していく道をとれば、日本の軍備はいくら増やしても足りないことになる。そんな形は、国家のあり方として、私は最も拙劣だと思います。

 「国の価値観が違います」という立場は、ヨーロッパの諸国はアメリカに対して常に言っていることです。

 今、日本はアメリカの価値観を一番問わない国になっていますが、本当は一番、価値観が違うはずではないのか。そして、この点を問うことは、世界平和のためにもプラスではないかと思います。世界中で、武力によって解決できない問題というのは山ほどあります。世界中にたくさんある紛争の種を、戦争にしないというのが、大国の役割ではないですか。日本は、平和憲法を持つ国として、その役割を果たせる国だと思うのです。

 品川氏の発言は、「平和憲法をもっている国にふさわしい経済とはどういうものか」にも及んでいます。間違った方向に歩もうとしている日本への警鐘だと思います。
 戦争は反対であるが、北朝鮮や中国の脅威から自国を守るための軍隊は必要だとおっしゃる方の発想は、平和を守るための手段を戦争だけに置くところから来るように思います。この東アジア地域全体の平和を日本しかできない方法で守っていくことこそが、最も有効なしかも日本にふさわしい自国を守る方法なのではないかと思うのですが、どうなのでしょうか。
 また、日本の安全・平和の確保を日本国内でだけ考えていてはいけないとも思います。アジア全体の安全・平和がなければ日本の安全・平和もないと思うのですが、どうなのでしょうか。
 品川氏の発言を読みながら、そのようなことを考えました。

 私は、日本経済が次の時代に道を開くための大きなポイントは、「成長の呪縛」からの脱却にあると思います。
 達成された「経済大国」は「成長至上主義」の産物であり、もはや日本は「成長の呪縛」から脱すべき時代に入ったと思います。経済を成長率で評価する時代は終わり、これからは経済は国民生活に従属するという視点が必要です。

 世界トップクラスの経済力をもつ日本において、なぜ国民が社会保障の削減に脅え、年間三万九千の自殺者を出しているのでしょうか。多くの人が正規の職に就けず、教育問題や格差の拡大に悩まなければならないのでしょうか。経済の成長率を発展の尺度として、企業の成長を支えることが最大の国家政策だと考えるのはもはや誤りです。国家目標を、これからは生活や労働への不安がなく人々が安心して暮らせる社会の実現におくべきです。日本の経済力はそれを実現できる水準にあるはずです。

 そして、この経済の尺度を切り換えることは、現在の国際環境をみても、大変重要になっていると思います。
 21世紀の大きな課題は、世界中から戦争や貧困、飢餓、疫病を減らし、地球環境を保全していくことです。そのために戦争という手段では、解決できない問題はたくさんあります。日本は、平和的手段で仕事をしますよという立場を積極的に押し出すべきだと思います。

 私たちが直面している、このヤマ場は、日本国内の政治問題だけではありません。世界史を変える大きなヤマ場なわけです。
 これから世界はアメリカ型の経済、国家の形しかないという方向で進んでいくのか。もし、これだけの経済規模をもっている日本がアメリカ型と違う価値観を選択すると、はっきり世界に宣言できたら、世界史の進路は変わってくると思います。だから憲法問題は国内的な問題、政局の問題に矮小化すべきではなく、もっと大きな世界史的な意味をもつと考えて一向に差し支えないと思います。

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