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2007年7月20日 (金)

生存権・憲法25条

 最近、悲しくなる話が多すぎると思いませんか。

 ワーキングプアのことは、以前に書いたことがあります(その1その2)。ネットカフェをねぐらにして生活しているネットカフェ難民の問題も、大きな社会問題になっています。

 他方で、年金の管理が余りにずさんであったことが、ご存じのとおり、大問題となっています。

 そして、極めつけは、生活保護受給廃止後に死亡し、死後約1ヶ月が経過しミイラ化した状態で7月10日に発見された独り暮らしの男性(52)の事件ではないでしょうか。新聞の報道によると、生活保護の辞退届を提出させられ、4月10日に受給廃止となっており、男性は日記に「働けないのに働けと言われた」などと記していたとのこと。6月上旬の日付で「おにぎり食べたい」とも書かれていたそうです。

 どれも、国民が貧困に陥った際のセーフティネットに関わる問題です。

 富める者がますます富を独占し、他方で貧困が確実に進んでいますが、私の事務所では、スタッフを含め、そのことを実感しています。経済的に本当に困った人の相談が激増していますし、法律扶助事件(簡単に言いますと、収入が少ないため、弁護士費用を大幅に減額した上で、それを国が一時立て替える制度)は確実に増えています。本日の事務所会議でも話題になっていました。

 一生懸命働いて生活をしている(そうするしかない)一般の国民からすれば、国家は、本当に困った時に何とかしてくれるからこそ、その存在意義があるのではないでしょうか。立派な道路や箱物を作ってもらっても仕方ないし、まして、官製談合でゼネコンに儲けさせたり、無駄な施設をたくさん作ったりして無駄遣いをしてもらうために税金を払っているのではありません。

 憲法25条、生存権が軽視されていると強く思います。

第25条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

「 この生存権の保障規定は、社会権のなかで原則的な規定であり、国民が、みな人間らしく生きることができることを権利として宣言したものである。生存権には、国家による妨害を排除するという自由権的な側面も存在するが、二項では、社会権的な側面での生存権を中心に、一項の趣旨を実現するために国に生存権の具体化について努力する義務を課している。それをうけて、現行法上では、生活保護法、児童福祉法、老人福祉法、身体障害者福祉法などの各種の社会福祉立法、国民健康保険法、国民年金法、雇用保険法などの各種の社会保険立法がなされ、社会保障制度が確立されている。また、保健所法、食品衛生法、環境基本法などにより公衆衛生の整備もはかられている。」(辻村みよ子著「憲法第2版」322頁)

 この憲法の精神を尊重しようという意識が権力者にあれば、今日のような事態は生じていないと思います。今の権力者(政府や政権党)は、自分の保身や利益しか頭にないために、その目は、自分の保身や利益のために役立つ人間にしか向いていないと思います。
 国民の暮らしを真剣に考えてくれているのは誰か、誰にそれを託せばいいのか。

 選挙は大切です。
 もうすぐ、選挙です。
 「私」が生き生きと生きていくためには、誰に投票するのが最もいいのか、どの政党に投票するのが最もいいのか、よく考えて投票したいものです。

 

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