北九州小倉北区餓死事件
7月20日少しだけ書いた北九州小倉北区で起きた男性の餓死事件のことについて、その後の動きが報道されている。
http://www.asahi.com/health/news/SEB200708200050.html
asahi.com 2007年08月21日
小倉北福祉事務所長を告発へ 孤独死問題で市民団体
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20070825ddm041010157000c.html
毎日新聞 2007年8月25日 東京朝刊
北九州・孤独死問題:生活保護打ち切り、福祉事務所長告発
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2007-08-25/2007082501_01_0.html
2007年8月25日(土)「しんぶん赤旗」
北九州餓死 生活保護の受給権侵害
福祉事務所長を刑事告発
弁護士ら 「組織的犯罪だ」
しんぶん赤旗は、相当に大きなスペースを割いて報道しているが、何故、他の新聞の扱いは小さいのだろう?
今後解明すべき事柄はあるのかも知れないが、男性が生活保護の受給を受けられなくなってからわずかの間に死に至っており、日記には、働けないのに働くように強要された趣旨の記載があったことも報じられた。
重大問題だと思う。
人間、いつ何があるか分からない。数年前まで、人も羨む悠々自適の生活を送っていた人が、事件に巻き込まれたり、事故に遭遇し、あるいは他人の保証をしたりして、破産せざるを得なくなったケースをいやと言うほど見てきた。「自分だけは」と思いたいのが人間の性ではあるが、「こんなはずではなかった」とつぶやくことが多いのが現実である。
それでも、働けるうちはいい。働く場所があるうちはいい。
しかし、事故や病気が原因で追い込まれた人もいれば、高齢などが理由で働き口を探しても見つからないことがある。働いても働いても生活できるだけの給与を得られない人が増えている。
そういう場合に最低限の保障をし、再出発の機会を保障するのが、福祉国家であり、国にそれを命じているのが、憲法25条である。
第25条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
しかし、今の政権政党=自民党、そして政府(阿倍内閣)は、こうした庶民の目線に立っていない。上ばかりを見ている。もちろん、そういった政治姿勢を歓迎する勢力があるのだろう。それも現実である。権力を持つとそれを濫用したくなるのが人間の性だとすれば、そういった欲望を圧倒的多数の庶民の立場から規制するのが憲法である。それを行使するのは国民である。
参議院選挙における自民党の惨敗の原因を失言問題や阿倍総理の指導力のなさなどに矮小化しようとする報道もあるが、決してそうは思わないし、そのような分析は間違っている。
今の自民党・政府が、庶民のことなどどうでもよいと考えていることに国民が気づいたからだ。単なる言葉の問題ではないし、「失言」というレベルの問題ではない。言葉の背後に潜む本音を見てしまったということだ。
今こそ、憲法は、国民を守っているのだということ、国民が本気になれば、この国のありようを変えることができるのだということに確信を持ちたいと思う。
(追伸)
ブログ「晴天とら日和」(http://blog.livedoor.jp/hanatora53bann/)におじゃましたところ、地元紙や地元のテレビは、さすがに詳しく報道している様子。
そのエントリーはこちら→http://blog.livedoor.jp/hanatora53bann/archives/51039661.html
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